花とウタ

オアシスを夢想

世界は混沌たるべし

「さようなら。僕の愛しい“私”」



降り注ぐ彼の匂いの中、彼が言った。何故だか知らないが、私のことを“私”と呼んで。
それを聞いて私は、例えば壁にシミを見つけて、ああ張り替えなきゃなあ、と、そう思うくらいの感じで、ああ私たちはひとつのものだったなあ、と思った。
ひとつのもの。うたをうたう、ひとつのもの。そこに男女も無ければ。
愛しい“僕”よ。私たちはいつからふたつになったのだろう。

降り注ぐ“僕”の髪の中に枝毛を見つけて、手を伸ばした。



「何」
「枝毛」
「ああ、ありがとう」



手元に鋏が無かったので抜き取った。そしてそれを投げ捨てる。



「いつふたつになったんだろうね」
「さあ」
「私が望んだから? “僕”が望んだから?」
「もうどっちでも関係のないことだよ」
「でも私は男が嫌い。下品」
「僕は女が嫌いさ。下劣」
「アダムとイヴ」
「そう。どちらも楽園の住人じゃない。林檎を食べたあの日から」
「望んだのは私たちではなく蛇」
「そう。でも罪を犯したのは女が先」
「でも生まれたのは男が先」
「もうどっちでも関係のないことだよ」



そうだね。私の愛しいアダム。
くちづけると甘い林檎の味がする。捨てた枝毛はどこに消えたのだろう。
さようなら。私の愛しいアダム。









世界は混沌たるべし
(私たちを此処に存在させて)
2009/12/12
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