花とウタ

オアシスを夢想

カッティング

「やあ今晩はお嬢さん、夜の散歩ならご一緒させておくれ。レディが一人ではいけない」
ふらり現れた獏はさらり歯の浮く台詞を並べ立て、くるりステッキを回してボクの胸を指した。汚れたベアがきらり光って白く洗われ、ボクに睨まれ、元の汚れた姿に戻される。
「良くもそう、飽きないね」
「お嬢さんはかわいらしいからね」
「すでに一人喰い殺してきた身でよく言う」
獏は振り返り西の空を確認し、そして笑った。そうだね、今宵は満月だった。 「もうすぐ明けるのによく夜の散歩になんか誘えたね」
「君が眠るのはこれからだろう。だからそう言ってみただけさ。君といたい」
「大嘘を」
ベアを抱き締めると綿が潰れてそのまま胸にあたる、ような気がして、目を臥せた。
かわいらしい?
一緒にいたい?
見た目の、体ありきのことを言うからこの獏は許せないのに。袖を引き延ばし、ベアを抱え直す。
治らない傷跡を見せて治してもらう気にはならなかった。
「もう寝るから、もう明けるから、消えたらどうだい? トリッカー」
赤いライトが目に痛い高架下までたどり着いて、振り返る。日の光にあてられ少し透ける獏は微かに笑い、筋が固まってしまいそうなベッドだと毎晩の台詞をまた呟いた。
「これ以上いると首を切られそうだね。今日は帰ろう。ではまた明晩」
ステッキをついて、恭しく礼を見せ、獏はハットを軽く持ち上げて挨拶をしてしゅるりと音を立てて消えた。突如訪れる無音に息を飲み、車の流れる音に気づいて笑う。
ベアを投げ捨てるとぼすりと跳ねてまた汚れた。段ボールに片足を入れ、立ち止まり長袖を捲る。体なんて要らないのに、鋏を振り上げ獏の姿を想った。
2013/09/24
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