花とウタ

オアシスを夢想

雪の内側

冬は寒くッていけねェ、夏も暑くッていけねェし、春は虫が出て来るし、だからって秋も食い気がはっていけねェ。雨が大真面目に呟くので然うかと頷いてやろうとは思ったが、如何にも可笑しくって笑っちまった。半纏を着込んで炬燵に潜り、苺大福を食らう雨が訝しげに此方を見る。


「なんでェ、そんな笑い転げて。鳳の字の大福も食っちまうぜ」
「年中食い気のお前ェさんに秋があったかと思ってな。ははっ、…ぶははっ」
「う…ほんッとに食っちまうぜ」
「もう一ツ食っただろう。それでも食えるってェんなら、良いぜ」


くすくすと笑いつづけてやると雨は恥じ入った様に小さくなり、かと云って引くに引けないまま二ツ目の、つまり私の分の大福に手を伸ばした。私の視線に答える様に、だぁって美味ェんだもんよ、と呟く。
私も何か口寂しい気がして、湯呑みに手を伸ばす。冷えた指に痛い位の熱が冬らしくッて好い。一口、二口とお茶を啜っていると炬燵の中で雨が足を突ッついてきた。


「鳳の字、ぜぇんぶもらっちまうのは流石にいけねェ」


ずいっと食い止しの大福を突き出された。また笑っちまう。大方、茶をしばく私を見て大福が食えなくて拗ねたとでも思ったか。


「ははっ、雨ッ子、お前ェさんは好いねェ。食え食え、私のこたぁ構わねェ」
「ほんとにか」
「ああ、一番食いてェ奴が食うのが一番良い。茶のお代わりは」
「有り難ェ」


疾っくに空になっていた桐柄の湯呑みをお盆に乗せて立ち上がる。序でに手前の柳柄のも乗せ、水屋に向かった。湯を沸かす間に隠しておいた小判大の煎餅をつまみ、一寸鑑みて、やはり戸棚に隠す。お茶ッ葉を急須に入れておく。薬缶の口の上に手を翳し熱をもらう。沸いたらいっぺん湯呑みに注ぎ、そこから急須へ。きっかり百まで数えたら湯呑みにお茶を注ぐ。湯呑みだけをお盆に戻し、居間に。
雨は大福を平らげ、炬燵に突っ伏していた。居眠りをしているらしい。お盆を床に置いて雨と同じ側に潜り込み、少し体を預け、ようとしたところで雨が面を上げた。


「…鳳の字、なぁにしてんだ」
「なぁんにも。くっついた方が寒くねェだろう」
「炬燵で充分」
「まぁ然う宣うでねェ」


私の方に寄り掛かってきた雨のこめかみあたりの膚に口づけを落とす。ゆっくり、指で髪を梳いてやる。くすぐってェ、と笑うのでもういっぺん口づけを与えてやって手を離した。
お盆から湯呑みを上げて視線を雨に戻す。雨はじいっと此方を見上げていた。


「雨? なんだ、惚れ直したか」
「惚れ直すとこもねェくらい長ェこと一緒になってんだろ。それより醤油の匂いが」
「お前ェさんは相も変わらず鼻の利く…」


ぐいっと鼻を抓んでやると、雨は痛ェ、とだけ云って、少し目を下げた。おいらが大福食っちまったからか、と呟く。


「ぶははっ、お前ェさん、ぶはっ、ばっかだなぁ! 私はお前ェさんが楽しそうに物食ってるのが好いんだ。こんなことくらい判らねェってェんなら一緒になった意味がねェ」
「でも、うう…すまねェな…」
「じゃあ、春の花見で甘酒を奢ってくれ。虫が涌くだなんだは云うな」
「わぁった…」


ずっ、とお茶を啜って気まずさをごまかす雨の肩を抱き寄せ、体を預ける。これで先程の雨のように眠っちまうのもまた冬の一興。春は花見として夏が来たら何をしようか、秋には雨に何を食わせてやろうか。
ちらり、ちらり、と雪の舞う窓の外より内側で、目を閉じた私の手に雨の手が重なる。鳳の字の手はあったけェな、と雨が呟くので、雨こそ、と笑ってやった。
2013/01/05
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