花とウタ

オアシスを夢想

リン廃レン合

「…っはぁ…」
「もはやため息しか出ないわ…」

ウェアリちゃんの溜息に合わせて黒ちゃんも呟く。頭が痛い、とでも言うように目頭を強く押さえた。そっと覗いた部屋の真ん中でウェアレくんと青くんがいがみ合うような形で「うちのリンが世界一!」と叫んだところだった。私も『これは…』と苦笑するしか出来ない。ほんのちょっとの救いを求めてアシメくんを見上げると「ね」とばかりに苦笑した。「どうにもできない、でしょ」…だからってリンを呼びに来てどうなるん、だろう。

「アシメさん…レンの中じゃ手に負えないのは判るけど、これ、私たちにもどうにもできませんよお…」
「て、ていうか逆に私たちが介入したら火に油じゃ…っ」

小さくなってほとんど涙目になりながらも必死に訴えかけるのは夢ちゃんとヒマワリちゃんだ。二人が見ていたところをもう一度ちゃんとのぞくとアヤサキくんとくまくん、それに鳳月くんまでがそれに乗っかって「一番はヒマワリだな」「パンダちゃんだろ!」「いんや雨だ」と今にも殴りかからん勢いで叫んでいる。だめだ真剣にこわい。同じリンとしてなのかは判らないけど、少なくとも相方を持つものとして二人の後輩が本当にあわれに思えてきて、二人の小さな後輩をぎゅっと抱き寄せた。そうだよねつらいよねそうだよね、とそっとその背中をさすってあげると「メトリさぁあん…っ」と言って抱き着き、か細い声で本気で泣き出してしまう。本当につらいんだろう。よしよしと撫でつづけるとアシメくんがちょっとだけ微妙な顔をする。

「やっぱりリンでもだめ、だよねえ」
「おいらがみんな殴れば済む話ならやってやらあ」
「やめときなさい雨。あんただけが出ていけば鳳月は調子に乗るし他のレンが自分のリン探しに来るわよ」
「じゃあみんなで出て行きゃあ…、無理か」

黒ちゃんにたしなめられて後ろを振り返った雨ちゃんが私を——私に抱き着いている夢ちゃんとヒマワリちゃんの姿をとらえて、優しく微笑んだ。「二人の世話は頼んだぜ、メトリ」と言ってまた部屋の方の様子をうかがう。

「このまま行けば殴り合いだな…よくこの時点で呼んでくれた、アシメ」
「ありがと。止められない?」
「うーん…アヤサキに刀出されたらおいらでも相手出来ねえなあ…ヒマワリはあんなだし。アゲハ呼ぶか?」
「呼んでる間に殴り合いになりそうだけど…とりあえず私行ってくるわね」
「お願いね、ウェアリ」

ぱたぱたと駆け出したウェアリちゃんの背中をみんなで見送ってまたどうやって喧嘩を仲裁するか相談する。最初は気づかれないようにと少し小声でやっていたのにレン五人がヒートアップして声も大きくなって、こっちもそれなりに声を出さないと聞き取れない状況だ。もはや少し離れた私にも仲の声がはっきり聞こえる。自分の相方の声が聞こえる度にびくっと肩を震わせる夢ちゃんとヒマワリちゃんのことを抱いてあげながらも中の様子をうかがおうとすると他のレンが完全に引いてるのが見えた。ああ良かった、あの子たちの相方は安全そう。

「だーかーらー! リンが世界一! これは良いだろ!?」
「そこまではわかるよ! だけどその中の一番はパンダちゃんだって話でしょ!?」
「黒だっつってんだろ!」
「そんなことはどうでも良いんだ、一番はうちのだ」
「ヒマワリだ」
「雨のこと忘れてんじゃねえだろうなあ?」
「…アァ?」

だんっ、と鳳月くんが片足を踏み出して見得を切ったのをきっかけに全員の視線が抱月くんに向く。「あー…」と雨ちゃんが頭を掻いた。まずい。逆に鳳月くんは勝ち誇った顔をして鼻を鳴らす。

「やるなら来い、八八だろうが喧嘩だろうがなんだってこの鳳、負けはしねえ」
「言ったな? こっちは本業だぞ」
「日常系モジュールだからって俺のこと忘れてないよね! 同じレンなんだから基本スペックは一緒だよ?」
「制服モジュールだってレンはレンだぞ」
「それなら俺もだな、ライブこなす程度の体力しかねえとは思ってないし」

鳳月くんとアヤサキくん、他三人の間に火花が散った、ように見えた。雨ちゃんはそばの黒ちゃんの腕をつかみ、私たちに振り向いて「逃げるぞ」とばかりに廊下の奥を指差した。こくんと頷き、私のことを抱きしめて離さない二人の顔を上げさせる。

「逃げるから、ちゃんと歩ける?」
「だ、だいじょ、ぶ、です…っ」
「わた、しも大丈夫です…メトリさん服汚しちゃってごめんなさい」
「良いよ、変なこと見せちゃってごめんね」

アシメくんは他のレンの脱出のためにいったん部屋の中に戻るようだ。扉に手を掛けちょいちょいと他の子たちを手招きしている。比較的大丈夫そうだったヒマワリちゃんを雨ちゃんたちと先に行かせ、夢ちゃんの背中を撫でてあげながらアシメくんを待つ。中では本気の喧嘩が始まろうとしていた。喧嘩の仕方を判ってる鳳月くん、アヤサキくんはじりじりと間合いを詰めながら相手の出方をうかがっているみたいだ。ウェアレくんと青くんはじっとその二人の様子をうかがってやや後ろへ下がっていく。ちらりと青くんが向けた目線を受け止めてウェアレくんが鳳月くんとアヤサキくんをあごで差した。もしかしたら二人の体力消費を待ってから奇襲するつもり、なのかな…男の子ってこわい…しかし場慣れしていないくまくんだけは最初の襲撃相手をアヤサキくん一人にしぼっているのか彼ひとりだけを見つめながらも背後に回っていく。
他のレンモジュールの脱出がほぼほぼ済んだ頃、突然くまくんが大声をあげて窓の方を指差した。夢ちゃんがびくっと震えあがる。

「あーっ!」
「んな幼稚な手に引っかかるかド阿呆」

夢ちゃんに気取られていたがアヤサキくんの声に反応して顔を上げる、

「きゃっ!」
「メトリ! 大丈夫!?」

と、くまくんが吹っ飛んできた。思わず夢ちゃんを置いて後ずさってしまう。アシメくんに抱きかかえられながらちゃんと見渡すと夢ちゃんの足元にくまくんが転がっていた。アヤサキくんはそのくまくんを見てふんと鼻を鳴らした。くまくんを払ったのは刀を持っていない方の手だったのか、そちらの方を軽く振り回してからまた刀を握りなおす。
いや、この際室内のことは良い。起き上がらないくまくんの方を恐る恐る確認すると、ぶるぶる震えている夢ちゃんとそのすぐ足元、夢ちゃんの両足の間に頭を横たえた状態で徐々に顔がほころんでいくくまくんだけが見えた。

「く、くまく…」
「ぱんだちゃん、白!!」

こんな良い笑顔、初めて見た。

「くまくんーっ!!」

夢ちゃんの絶叫。
もう私にはどうにも出来なくてアシメくんに寄りかかって「後輩たちがこわい」と呟くと「僕もそう思っていたところ」と肩を撫でてくれた。まずは夢ちゃんをなだめるところから始めなくちゃ。
2014/06/02
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