花とウタ

オアシスを夢想

リン廃レン合2

DIVAルームにはゲームの表側に出される各ボーカロイドごとの単身用ルームに加え、内部データとして全モジュールに解放された大ラウンジとオリジナルが同じモジュールだけが入れる小ラウンジ、各モジュールごとに用意された個人ルームがある。といっても個人ルームの方はかなり狭くほぼ眠るくらいの用途にしか使えない上大ラウンジでは人が多すぎて気が休まらないので、多くは小ラウンジの方に集まってしまう。そうすると自然と同ボカロのモジュールとは距離が近くなり、いろんなことが把握できるものだった。例えば、ホワイトエッジは男の前でだけ口が悪いとか、レシーバーはパズルゲームだけが苦手だとか、鳳月は意外とパンチラを気にしていてスパッツを履く、とか。かくいう俺も『鶴は存外女形に憧れてる』なんて噂を立てられたこともある。……うるせえ。この誤解を解くのに数か月かかった。八八のVo.2に俺を置くのは定番だってだけで俺の趣味じゃねえ。存外しっくりなんて来てねえ。ただVo.1に置いたさくらがかっこよくてきれいでうっかり惚れ直しちまったことは認める。それだけだ。
そう、こんな噂も立てられるほどに小ラウンジ内でのモジュールたちの距離は近く、そして壁に備え付けられているモニターではプレイ中のPVが中継される。きっと俺の噂もそのモニターで中継された俺のなっさけない顔が原因だろう。今はオススメモジュールでプレイされたカラフル×メロディが中継されていて、そのモニターを食い入るように見つめているレンモジュールが一人。

「ああもう! チアフルがかわいすぎて罪!!」

スクジャだ。
こいつがこういうことを言い出したときの対応というのはたいてい決まっていて、多くは耳を塞ぐかここを出るかか、だ。だから今日もシエルやアシメなんかの真面目組は顔を見合わせて苦笑したのち個人ルームの方に戻っていったし、パンキや執行部の決まったリンがいないレンも付き合ってられないと言って機嫌を損ねて出ていってしまった。そうして残ったのが喧嘩なら見届けておかねばと思う俺と、発言主スクジャ、自分の相方は世界一と信じて疑わないブルームーン、もはや相方の方に同情してしまう程の溺愛ぶりを見せるシロクマ、ひっそりむっつりしっかり自分のリン想いなウェアレンの五人。いつもならここに残っているはずの鳳月とアヤサキはヒマワリが何か楽器を教わりたいと雨を頼ったために最初から別室だ。

「チアフルほんとかわいいかわいすぎて罪。チアフルキャンディならぬチアフルギルティで良い。かわいい」
「スクジャうるせえ!」
「でもカラメロの振り付けと曲はかわいいよね! 僕もよくパンダちゃんにやってもらう」
「はあ!? チアフルがやるからかわいいんじゃん!! カラメロはチアフルの曲なの!!」

黙って聞いていればこいつら、と早速俺が呆れだしているのも露知らずブルームーンはいらいらと声を荒げ、シロクマはちょっと的外れに会話に乗っかりながらもちゃっかり相方自慢をしてくる。ウェアレンはまだ黙っているがそのうちストッパーが効かなくなってうちのリンが世界一とか言い出すことだろう。今のうちにリンモジュールに手を合わせておこう、リンたちごめん特にウェアリンたちごめん。こいつらの喧嘩おもしろいから止めたくない。そういえばいつかさくらにあいつらを指差しながら『男なら女を守ってやらなくちゃだめよ。たとえば、ああいうのから』と言われた気がする。――まだ実害じゃないから、良いよな? 良いよな? 一応さくらにも手を合わせておこう。ごめんさくら、もうちょっとだけ楽しませて。
自分の中でもそもそと謝罪を済ませておく間にも度を超したリン好きたちの会話という名の張り合いは続いていたし、モニター内の映像は切り替わって今度はなりすましゲンガーが流されている。モジュールはフェイカーとライアー……ではなく、チアフルとカラフル。案の定スクジャは発狂。ブルームーンはベースを手放し、ウェアレンと並んでぐっとモニターを見つめていた。

「ああああ機嫌悪そうなチアフルも!! 天使!!」
「スクジャ、ほんとに黙れうるさい」
「くそなんでカラメロ組でやるんだよ! オススメモジュでやれっての」

騒ぐスクジャをたしなめるウェアレン、そしてそれを横目にブルームーンが不機嫌そうに吐き捨てる。自分たちもやりたい、というのかと思ったけどそうじゃない反応で、思わず口をはさんでしまった。

「なんで? 同じギターとベースの立ち位置なら自分たちもやりたいんじゃねえの?」
「同じベーシストとしてライアーの腕が気になんだよ! 自分たちでやりたいってのはあるけどまだ俺たちF2に実装されてねえし、それなら外からライアーの技術をライアーの姿で確認しときたいだろ」
「あー、俺そういうブルームーンの楽器に真摯なとこは尊敬するよ」
「まあこれがなきゃ俺は黒の隣にはいれないんだし」

なるほど。こんっとベースを叩いてなんでもないように笑ってはいるが彼の闇に触れてしまったようだ。そうかとだけ言って大人しく引き下がる。俺ほどじゃないんだろうけど、やっぱりちゃんとした曲持ちではない彼もどこかしら存在意義みたいなものをこじらせているんだろう。ウェアレンもそれを察してか気まずそうな顔をして黙り込むが、ここで空気を読めないのがシロクマだ。

「えっ待って、つまり青はライアーが気になるってこと? 浮気だ!」
「ちげえ!! 俺は黒の隣に、」
「落ち着け青」

一気に顔を曇らせたブルームーンの肩をウェアレンがつかむ。振り返ったブルームーンが首を振るウェアレンを見て、ちっと軽い舌うちをしてラウンジの隅に移った。そしてまたベースをいじりだした。孤独の果てのメロディを口ずさんだのち、聞こえてくるなりすましゲンガーのベースソロに合わせて弦をはじいていく。ああ、上手い、と素人目にも(素人耳にも?)判ってしまう。さすがだ。シロクマはブルームーンの姿を目で追いかけていたがウェアレンに軽い説教を受けてつまらなそうに黙り込み、我関せずを決め込んでいたスクジャと並んでモニターを見始めた。今日はちょっとダークな話題に触れてしまったせいかウェアレンやブルームーンのまだ良識的な方がなお良識的だ。つまんねえ、なんて思いつつもさくらに内心で報告。楽しませてって言ったけど、もう今日は十分楽しんだからさすがにそろそろ止める準備はしておきます、よ。
なりすましゲンガーのアウトロに入り「いぇい」と小さな掛け声と共に笑顔を見せたチアフルにスクジャが一人轟沈しながらも次の曲なんだろうなーまたチアフルが出てくると良いなーと大きすぎる独り言を呟いている。俺も次の曲は確かに気になる。流れとはしてはF2曲が続いてるけど、どうせならknifeとかで俺と桜月が呼ばれたりしないかな。俺がVo.3で構わないから。Vo.2は誰でも良い。まあでも一度花札組でknifeをしていたらアゲハに「なんのごっこ遊びだ、ガキんちょ共」と笑われてしまったのでもう懲りているところもある。本家に言われちゃかなわねえんだよなあ……そうなるとカラメロはチアフルでやるからかわいいというスクジャの発言も妥当だということになってしまう。いや違う、違うんだこれは違う! だってカラメロはさくらがやってもかわいいじゃないか! 確かにちょっとステージとは合わないけど! 合わないけど!! はっ違うごめんさくら俺もこいつらリン廃の仲間入りするつもりはなくてだなただちょっと事実と違うことを訂正するための反例を用意してるだけでだな……!!
一人さくらに向けての謝罪と弁明で悶々と頭を抱えていると、バタバタとアヤサキと鳳月が小ラウンジに駆け込んできた。

「スクジャシロクマ! そこを退いてくれ!」
「え、何、何」
「良いから!」

鳳月が叫び、アヤサキも追って横に並ぶ。跳ね飛ばされたスクジャとシロクマは突然のことに目を回し、ブルームーンもウェアレンもぽかんと口を開けている。鳳月とアヤサキ越しのモニターに目をやるともうすでになりすましゲンガーは終わり、カラフル×メロディのイントロが流れてきた。映し出されたのは、雨とヒマワリ。――なるほど。

「ギターを教えてやってたら雨たちが呼び出されたから、映像見たさにこっちに戻ってきたってか」
「鶴うるせえ。雨のカラメロは貴重なんだ黙って観させろ」

鳳月のどすの効いた声に俺以下スクジャたちも黙る。確かに雨のような男勝りなモジュールがカラメロに呼ばれるのは貴重だった。だからこそ俺もモニターでその姿を確認しておく。プログラムされた動きとは言え雨がやるとこういうかわいらしい動作もぎこちなく見えてしまうから不思議だ。雨がVo.1に置かれているのでぎこちないながらもVo.2のヒマワリをリードするように動いていてギャップを感じてしまう。そういうところも含めて、確かにかわいい。隣で雨以上の笑顔で踊るヒマワリももちろんのこと。やっぱりカラメロは誰がやってもかわいいものだ。そうだ、曲とふりつけがそういう風に出来てるんだから仕方ない。雨を、ヒマワリを食い入るように見つめている鳳月とアヤサキからもそういった真理みたいなものを感じる。微妙にまじっている殺気は知らない俺は何も知らない。
モニターを見つめながら脳内でさくらに置き換えて楽しんだりもしていると、後ろに追いやられていた四人がついに口を開いた。

「もー我慢できない! カラメロはチアフルじゃないとだめだ!!」
「パンダちゃんが一番似合うってば!」
「AC行って黒でやれ!!」
「うちのリンのこと忘れんな」

あ、やばい。
直感のままモニター前の二人に目をやるが殺気しか漂ってこなかった。ごめんさくら。俺は弱い。

「うるせえモニター見ろ雨が一番だろ!」
「ヒマワリのこと差し置いて何言ってんだてめえら!」

ごめんさくら。本当にごめんさくら。俺は弱い男だ。だって鳳月とアヤサキの本気にはかなわねえ。
脳内に描いたさくらのカラメロだけを収穫としてそっとラウンジを這い出る。きっと30分もしない内にレン用小ラウンジは死屍累々の惨状だろう。そうなりませんように、そしてその場にいたことがさくらにばれませんように。望み薄なことを願って個人ルームに戻った。
2014/11/27
inserted by FC2 system