花とウタ

オアシスを夢想

窓越しに相手の姿が見えたとき

しんしんと降り積もる雪が、視界を真っ白に変えていく。窓は暖炉の熱でこれでもかというくらい曇っていて、手のひらで拭う度ぞっとするような寒さが体を駆け抜けていく。窓際に置いていたマグカップもキンと音が鳴りそうなほどに冷え切ってしまった。ショールをぐっと掻き抱く。『窓際にベッドなんて体冷やすよ』とのシエルの声がよみがえる。それでも良かった。
目を閉じて頭の中に浮かんだメロディを口ずさむ。私の思いつく歌は優しいものばかりだといつかシエルが言ってくれた。誰かの孤独を溶かすような、厳しい冬を耐え抜いた草木に微笑みかける春の太陽のようなメロディだと。『ありがとう、シエル。私もあなたのピアノが好きよ』……そんなふうに笑って伝えたことはあるけれど、いつもあなたのピアノをイメージしているの、と言えたことはない。
彼のピアノは、どこか孤独だ。私の歌が誰かの孤独を癒す歌なら、彼のピアノは誰かの孤独に寄り添うピアノ。きんと澄んだ音がさみしさで潰れそうな心に寄り添って支えてくれる。そんなピアノを弾く彼は、いつだって孤独におびえながらも孤独だ。だからこそ彼を思う歌は優しくありたい。紡いだメロディは彼のためのものでありたい。
歌い終えて窓の方を覗く。人影のようなものが見えるがまた曇ってしまっていたので手のひらで拭うと、やっぱりシエルだった。薪を抱えてこちらに向かってくる。コンコンと窓をたたくと彼も私に気づいたようだ。急に歩くペースが速まる。ああだめだ、負けてしまう! 小さく手を振って、ベッドを降りてドアを開けに向かった。


「ただい、じゃなくて! 寝てなきゃだめだって言っただろ!」
「ふふ、……くしゅっ」
「ソレイユ!」
家の外の空気は思った以上に寒く、くしゃみした私の体を抱いてシエルがベッドまでエスコートしてくれる。おかえりなさい、と伝えると今度こそ「ただいま」ときちんと挨拶をしてもらえた。シエルは窓際のマグカップを回収し、暖炉に薪を継ぎ足す。先ほど拭ったばかりの窓がまた曇ってしまった。
2014/04/05
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