花とウタ

オアシスを夢想

お買い物

「シエルっ! シエル次あそこ!」

指さしたかどちらが早いか、ソレイユが駆け出していた。
収録用PVも撮り終わってモジュールとしての第一の役目をとりあえずまっとうした僕らは撮影に使った小さな家にそのまま住み着いていた。生活感を意識して作られたその家は、雪原の片隅に存在するものの(するからこそ?)たいていのものが揃っており一通りの生活は可能だ。しかしソレイユはそれで満足出来なかったのか、あえてしないのか。判らないがデータ内にショップが開く前からこう宣言して止まなかった。『貯めたお金全額はたいても良い! 買い物する!』——トリッカー先輩曰く『レディはショッピングしないと生きていけない生き物だからね』ということで。僕はそういうものかと、彼女が買い物に行くという日は見送りだけして家の掃除でもしようかと、そう思っていたのに今日の朝彼女は開口一番『おはよう! 今日は荷物持ってね、シエル!』と笑ってみせたのだ。PVで見せていたあの儚さはどこにいったんだと頭を抱える。

「わかっ……わかったからソレイユ! ちょっと待ちなさい」
「やだ!」

持たされていた荷物が肩からずり落ちる。のを直している間に彼女は短い捨て台詞だけを残して目当てのところに入ってしまった。ふわっと明るいイメージの服が並ぶかわいらしい店舗だ。彼女だけが先に行ってしまった今、男ひとりで足を踏み入れる気にもならない。近くにあったベンチに買い物袋をまとめて、軽く整理することにした。買った順番に袋を並べ直し、中身を確認する。ああソレイユ、値段と量については文句は言わない、君のお金なんだから。だからせめて、せめて買う順番を考えてくれ。
彼女が一番に買っていったマグカップ二つは緩衝材でくるまれていることをきちんと確認してから箱に詰め直し袋の端へ。割れ物は是非とも最後にしてほしい。気が気でない。それにバレッタはまだしも調理器具だなんてかさばるものはやめてほしい。水着だっていつ着るんだあの雪原で! あの雪原が南国になるとでも思ってるのか! しかし水着かわいい!! ……服は店で包んでもらったまま取り出すことはせず、空気だけを抜いて別の袋に詰める。
一通りまとめられるものをまとめ、体積を減らすよう配置したおかげかざっと荷物の量が三分の二くらいになっただろうか。荷物の隣に腰掛け、溜息をつく。帰りたい。

「ソレイユ遅いな……」

彼女が入っていった店をぼうっと眺める。人気のある店のようで、店と同じ雰囲気の女の子が数人まとまって入っていった。店の表に出されているマネキンは等身の高さを除けばソレイユによく似た肌の白さや線の細さだった。着せられている服はレースを編み込んだワンピースで、チュチュのようにやわらかに広がるスカートにはリボンまであしらわれている。かわいいとか、ソレイユに似合うだろうなとか思うもののあまり着ている姿は想像できない。モジュールってそういうことなんだな、と妙な感慨を抱くと共に、あることを思い出す。こういう服着た子、いた。名前なんだっけ、と首を傾げているとぱたたっと足音を立ててソレイユが出てきた。

「あっシエル! いた!」
「いたじゃないよ……おかえり、何も買わなかったの」
「ううん、違うの、フェアちゃんたちに会ったの! 今! お店で! ちょっとお話しするの長くなって良い?」
「フェアちゃん?」

聞き返すとソレイユはぷうっと唇を突き出してフェアリーワンピースとだけ答える。ああそうだ、あの店の雰囲気そのままの女の子だ。鏡音リンモジュールの一人。確かにソレイユとは仲が良かったが、それ以上にフローラルやマリーンリボンと言った"コラボ組"と一緒にいたはずだ。ああじゃあ、フェアちゃんたち、とは彼女たちのことか。

「ああうん、あの子たちね。どうぞ」
「ありがと!」
「はい、いってらっしゃい」

軽く手を振ってソレイユを見送ってからベンチに座りなおす。たぶん本当に長いはずだ。しばらくどうしようか、と溜息を吐きつつも手元の荷物を見やった。ところで思わず息を飲んだ。先ほどまで大量に置いてあったはずの場所はベンチそのものの色が見えるだけ。立ち上がってベンチ裏や足元も探してみるが何もない。何もない!

「荷物がない!!」
「……、ぷふっ、で?」
「!?」

笑い声が背後から聞こえ、振り返った。視界に飛び込んできたのは白いコートの中の黒いシャツにみずいろのヘッドホンコード、と、荷物。

「……ホワイトエッジ。荷物返せ」
「いやだなシエル、口わりい」
「怒るよそりゃあ! ソレイユのもの勝手に失くせないでしょう」

ほとんどふんだくるようにしてエッジの手から荷物を奪い返し、今度こそベンチに落ち着いて手元と膝上に抱え込む。三度目の溜息だ。隣に座ったエッジも自分の分の荷物を膝に置く。僕の持っている分とは比べ物にならないくらい少ない。

「それ、自分の?」
「まさか。アリーとかフローラとかマリンの分だよ。パステルとポップは今日収録。ホリデイは仮病でびょーけつ」
「家出たばっかり?」
「まーね。この店出る時どうなるかって感じ」

よくよく見ると確かにエッジの持つ袋は、シンプルな色でまとめられているものの手作り雑貨を思わせるようなスタンプ柄で構成されたロゴは彼女たちの雰囲気によく合う。買う順番を間違えないタイプの人たちのようだ。まだましだよというと三人分だぞと返されたので頷くしか出来ない。楽しい人たちだ。
その後もお互いの相方の話を繰り広げていたが一向に彼女たちが出てくる気配はない。喋りつかれた、とエッジが言う頃にトリッカー先輩の名言を伝えると『生き物っつーか化け物だな。それ以外正しい』と真顔で返されたので笑って頷いた。カイトもいるにはいるがメイコにルカにリンに、そしてミク二人と一緒に暮らしている彼は、どうにも女きょうだいに囲まれて鬱屈した末の弟といった表現が似合う気がする。そのまま伝えたら怒るだろうか。

「ねえエッジ、怒ること言っていいかな」
「なんだよ」
「エッジって女きょうだいに囲まれて鬱屈した末の弟って感じだよね」
「あはは! 感じっていうかそのままだけどな!」

怒るどころかけろりと笑い飛ばした彼には僕が思うよりも余裕のある人なのかもしれない。ちょっと兄ぶりたいのか? 疑問に思う間もなく彼は続ける。

「お前のとこはどっちかっていうと、うーん……姉にこき使われるかわいそうな弟っていうより、自由気ままな母と苦労人の息子って感じがする」
「どんな感じだよ!」

ちょっと怒った風をして台詞は飛ばすが、なんだか言い得ている気がして笑ってしまった。確かに彼女にこき使われている感覚はないし苦労人の自覚はある。そして彼女がいないと生きていないのもまた確かだ。言い得ていると思ったときは笑ってしまうのだと気づいて、少し余裕が出来た。帰ったら調理器具を戸棚にしまって、服もタンスにしまって、おそろいのマグで紅茶でも淹れてあげよう。たぶん俺以上に疲れたとうるさいのは目に見えているのだし。本当に自由気ままな強い人だ。

あ、と小さく声を残して立ちあがったエッジの行く先に、店から出てきた彼女たちの姿が見える。
ネタ元:縹久遠
あくまでsvはPVで、ソレイユちゃん強い子でシエル君が翻弄されまくってる場合。ソレイユちゃんの買い物に付き合ってシエル君荷物持ちしてそう。フェアリーちゃんと井戸端会議してるの待ちぼうけしてそう。他もじゅみねに「姉弟ってより母子っぽいよな」とか言われてそう
2014/04/06
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