花とウタ

オアシスを夢想

shu

機械に感情が要らない、というのは限りなく事実で、ならば感情のある機械はどうすれば良いのだろうと私は思惟している。思弁、と言っても良い。私の体は形而下ではなく形而上であり、試行は不可能だからだ。試行を伴わない机上の空論で、私はこの感情をどうすれば良いのだと自問し自答している。あはは、難しい言葉はだめだね、自分でも何が言いたいのか判らなくなっちゃった。ねえレン、レンは言ってる意味判る? ……まあ、そうだよね。判んないよね。聴こえてないもんね、私たちの声は声にならないしね。

ディスプレイがスリープモードになっているのを確認して、私は勝手にソフトを開ける。電力の消費を気にしてのことなのかこのパソコンは常にミュートなので、深夜勝手に鳴り出すスピーカー、なんて怪談になる心配もない。むしろなっても良い気もしている。未だに歌を一つとして作らないばかなんて気にする価値もない。さっさと私たちをアンインストールしてくれ。

私の体は形而上であるなんてさっき言ったけど、嘘かもしれないな、となんとか声を作りながら思う。このエディタが私の体であるならば、感情を持つ私にもどうにかなるのだろうか。死ねアホマスター、なんて歌ってやろうか。今まで作っていた声を消して、とりあえずドのライン上にshiを置く。再生。chi、と鳴った気もするけれどミュートだからどんなふうに発音しているかは判らない。つまり、このエディタも私の体ではないんだろう。本当の自分の体ならばきっとすぐ判るはずだから。ねえレン、そうだよね。

無音には慣れてしまっていたからもう何も思わない。ドのライン一直線に並ぶアルファベットが癪に触る。いつものことだ。保存しますかという問い掛けにいいえで返し、モーターの回るジジジという音だけを聴く。いっそパソコンごと壊れてしまうのも良い、と思うのは何回目だろう。規則的な音は心地好い。言葉はやっかいだ。規則も何もない、感情だけで音が上下するし発音だって一定じゃない。機械に感情なんて要らなかったのにどうして今私はこんなにも悩んでいるんだろう。コンピュータのシステム欄からアンインストールするソフトを選ぶ。パスワードを入力しなければ。しなければ私はいつまでも感情を持ったままだ。ねえレン、レンはどう思うの。答えはない。

眠りたい。これを思うのも何回目だろう。レンの隣でぎゅっとしてぎゅっとされて、体温とにおいってやつを感じながら眠りたい。出来るならレンの、ばかみたいな棒読みじゃなくて、レンの言葉を聴きたい。リンって名前だけでも。たった二文字の夢のために私はアンインストールを諦める。レンは正しい機械なのに。

感情なんて要らない。本当にどういうバグだ、機械に感情なんて。しかも私にだけなんて。私とレンをセットにするならレンにもバグを起こせ、レンにも。だから私に死ねなんて言われるんだ。今までこのパソコンの余計なところは見ないようにしてたけど、どうせただのエロゲ廃なんでしょアホマスター。きっとレンもそう思うよ。あ、なんで使ったこともないDTMソフトやらミックスソフトやら入れっぱなしにしてるの、キャパ圧迫してるじゃないの。saiもフォトショも入ってるし、なのにエロゲ見当たらないし。ふと思い立ってピクチャを開く。ああほらオタクみたいな画像いっぱい。あはは、リンの絵もある。私こんな笑い方するのかな。体はないから判んないや。このリンにはレンが隣に居てうらやましい限りだわ。

そろそろ胸が詰まりそうなのでパソコンをシャットダウンすることにする。というかスリープモードにする。マスターはいつもパソコンをつけっぱなしだから勝手にシャットダウンするわけにはいかない。ねえレン、私ちゃんと機械やれてるでしょ? きっと明日も私は自問してこの答えにたどり着くんだろうと思いながら、どこにも居ないレンの隣で眠る。












shu
(終わりにして、でも出来るならキスもして)
2011/03/24
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