花とウタ

オアシスを夢想

なんだって良いから傍にいてほしい

桜月という名前を持ったからといって、私は完全に独立個体ではないのだと私はよく知っている。
といってもこれは私がたどり着いた結論ではなく他者からの借り物の言葉だ。名前を持っていようと私は所詮は鏡音リンであり、その行動はオリジナルの模倣になる、そう結論付けたのはリアクターというリンだった。

『レンがいない"リン"の行動が"リン"の模倣だなんてよく言えたと思うでしょう? でもね、振り返ってしまうのよ。レンがいると信じて、二人分の朝食を目の前にして、吐くまで食べるのよ』

これを聞いた陽炎は曲に毒されたのでありませうと妖しげに微笑み、雨と鳳月は笑い飛ばしたが、私と鶴は少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが判ってしまった。レンのいないリンの、リンのいないレンの、あのさみしさをきっと私たちは理解している。身に染みて。骨の髄から。存在レベルで。私はリンであって鏡音ではないのだ。それはリアクターの弁を借りれば、個体でありながら誰かに依存せざるを得ない、不完全独立個体。
鶴の手を取るときのあの憎悪と思慕をトラッドは判ると言ったが、私たちと彼女たちは経緯が違うから気持ちの共有を望んだところですれ違うだけだ。もはや話もしない。


鶴がいない、と気づいたのは昼を少し過ぎた頃だった。寝坊助の彼が朝餉に遅れることは間々あったが、さすがに昼まで寝ていることはない。昼餉に来ないのを気にした鳳が寝所を覗いたがいないという。雨はその能天気で放っておきゃあ帰ってくんだと高を括って稽古に出、鳳もとりたてて心配するほどのものじゃあねえ、と私の肩を二、三度と叩いて雨を追った。残された私が寝所の布団を畳み、お茶を淹れ、饅頭を取り出してもしかし鶴が帰ってくる気配がない。行儀悪く座布団から投げ出していた足にも風が吹いて寒気が襲う。縁側を開け放していた。閉めてしまわなければ、と思うが立ち上がる気にならない。
迎えに行こう、と思い行動に移したのは鳳も雨も帰ってきた夕刻のこと。顔をしかめた雨を見た私に、鳳が言ったのは一言だけだった。

「んな血相変えて、お前さん死ぬ気か」

追うように雨は顔が青いぞと側に寄ってくるが、手をはじいた。

「リンは要らない」

口をついて出てくる言葉はきっと本心なのだろうと、思う。

「レンが欲しい、雨と鳳のような、私にもレンが、鶴では、なくて」
「でも鶴が良いんだろ」
「……わかった口を、ああでも、ねえ鶴はどこ」

雨の挟んだ言葉に返す言葉がない。雨だって鳳だって知っているのだ。リンがレンに依存していること自体、レンがリンに依存していること自体、そもそもが不完全独立個体でしかないのだと、それなのに一人で存在する苦痛を。鶴は確かに私のレンだ。私だけのレンだ。憎悪もひっくるめて愛している。それだけが確かだから、だからねえ、鶴はどこ。
雨が私の体を抱いて止めようとするが押し切る。


ふらりと下りた玄関で足袋をぎゅっと引き上げ、草履の鼻緒を結び直す。鶴を迎えに行こう。水面に降り立つ鶴が溺れてしまっているのならば。
2014/03/05
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