花とウタ

オアシスを夢想

捨て犬を演じている

捨て犬を演じている。 リフレインする誰かの台詞を頭を振って否定した。そんなんじゃない、と言いたくもなるひどい台詞だ。段ボールから出た片足で、壊れた携帯電話を蹴飛ばす。ガシャッ、ガシャッ、と乾いた金属音を数度立ててそいつはどこかへ飛んでいく。そばにいるテディベアも同時に投げ飛ばして捨てた。
捨て犬、なんてそんな大それたものではない。遺書じみた台詞を何度も何度も打っては消し、打つことすら面倒になって機械そのものを壊した、僕が演じるのはそんな少女だ。そして僕そのものでもある。

段ボールの中にうずくまっているとコンコンと高架下の鉄板を叩く足音が聞こえてきた。よく聞くとココン、ココン、とやや二重になっている。足音の間隔は大きく、歩くのが遅いのだとわかる。
「胡蝶」
呼びかけるとその足音は止まった。顔を上げると不思議そうな左目をこちらに向けた胡蝶が立っている。小さな手にテディベアと右足のない文化人形を抱えていた。
「……シザーズ、おとしもの」
舌ったらずに言葉を紡ぐ胡蝶の声は、かすれている。オリジナルのリンよりも弱弱しく、アペンドのリンよりも儚い胡蝶の声。けれど胡蝶は扇舞の前では喋らない。
「放っておいて」
「……こう?」
「それで良い」
段ボールのそばにテディベアを立て掛け、そいつに向かって文化人形の手を振らせる。胡蝶の行動は私の理解を超える。もちろん、扇舞の行動も。胡蝶のそれよりも小さい音で少し速く歩く金髪の男が、今度は携帯電話を拾い、胡蝶へとちょっとの目配せをしたあとにテディベアに持たせた。西洋風の高下駄を履いた二人は私より少し背が高い。うずくまったまま見上げる。昼の高い光がこの高架下を蒸すように熱だけをこちらに寄越してくる。シザーズ、と動いたはずの胡蝶の唇は何の音も紡ぐことがなく扇舞が代わりにと口を開く。
「シザーズ、君があんまりルームに顔を出さないものだから心配してしまった」
「関係ない」
「たまには顔を見せて。胡蝶だって君のことを友達だと思っているし、君のくまのぬいぐるみを気に入っている」
「……所詮モジュールだ。曲に合わせて体を動かせれば、良いのさ」
胸元の鋏を握りしめる。テディベアを裂こうか、それともこいつらを裂こうか。違う私を殺した方がきっと早い。僕は知っている。私を殺す。鋏でも、車でも、なんでも良い。私を殺すのがきっと一番早い。でも出来ない。僕は所詮捨て犬だ。通りすがり行く誰かに愛でられる程度の価値はあるのだから。
「トリッカーをよんで」
「……わかった、けれど、彼が来るかは決して約束はしない」
胡蝶の手を取って去っていく扇舞の背を見送る。胡蝶が振り向いたが目を逸らした。鋏を取り出し、そっとテディベアに突きつける。何も返事はない。知っていたし判っていた。鋏を投げ捨て、テディベアを抱き寄せ、トリッカーの足音を待つ。夢を見せる飴をくれるだろう。そうして世界がモノクロになるならそれが良い。それがすべてになれば良い。寄り添うというにはあまりに不格好なままテディベアを抱き、衝動をやり過ごす。さみしくなんかない。誰かに愛されたくなんかない。生きられればそれで良い。
真昼の高架下、段ボールの中で、主を待つ捨て犬を演じている。
2014/02/19
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