花とウタ

オアシスを夢想

warbler

リンがぱたりと歌うのをやめてしまった。
さっきまで隣の部屋のミク姉さんがうるさいと怒って来るくらい喜んで歌っていたのに、なんでもない歌の一番Bメロサビ直前で、声を出すのをやめたのだ。余った俺の声が一瞬壁に反響してすぐに吸い込まれる。どうしたのかとリンを見ると、無表情のまま、へたくそだわ、とだけ言って俺に目を向けた。それは俺が? 状況が飲み込めないままたずねると口をつぐんで首を振る。リンがだめなの、へたくそなの。声ではなくリンの態度がそう言っていた。もう喋るつもりはないのに判ってはほしいんだろう。いまだ無表情を保って泣きそうなのを堪えている姉の頭を撫でようとすると、一度甘えようとしてからいやいやとかぶりを振った。優しくしてほしいわけではないらしい。


「何か喋って」
「レンのばか」
「ばかにも判るように」
「……」


また首を振る。俺だって万能じゃないのになあ。苦笑いにも近い形でとりあえず微笑んだ。まあとにかく座ろうか、などと言うとまた否定するのは判っていたので、座った方が話しやすいからと先に座ってから袖を引っ張る。だんだんリンの顔がぶすっとしてきた。頬をつねってやればもっと怒るんだろうなあとほくそ笑みながら、良かったら説明してと、下から覗き込むようにしてせがむ。身長の二センチ差なんて目線は変わらないのにリンはそれをすごく気にするから、座って覗き込むのが一番良い。リンは顔をそらしてふてくされているけれど、俺からはリンの表情も判りやすいのだ。こんなにもめんどうくさくてばかでわがままで救いようのない、世界一いとおしい女の子の表情が手に取るように判るなんて、しあわせすぎる話。


「リン、説明して、判らないから」
「…どこまでなら、判るの」


ぶつぶつと、低くて震えた声が俺を包む。リンは不器用なのだ。泣くのを堪えるのに必死。
頬に手を添えてこちらを向かせると、苛立ちと緊張で顔を真っ赤にして目線だけをそらす。泣きそう? そうたずねると少し間を置いてからうなずいた。認めるのがいやなのとでも事実だから仕方がないのとで悩んだのだろう。今は歌いたくない? 今度はすぐうなずく。歌は好き? 悩んでからうなずく。じゃあ、さっきの歌はきらい。ちょっとの間の後、首を振って判らないと言う。つまりきらいなのだろう。そういうことか、と納得する。きらいだから歌いたくない、それだけのこと。


「リンは今、うまく説明出来なくて困ってた」
「…、うん」


うまく言葉にしようとするからリンは不器用なのだ。説明するための方法を知らないのに。俺が全部代弁してきたからいけないのだけど。他に言いたいことは、と聞いても説明が出来ない姉は首を振るだけだから、代わりにまだ困ってるのかどうかたずねる。少し悩んで首を振る。でも私はへたくそだわ、とだけ言って俺に抱き着く。本当に話すことがなくなったときの合図だ。仕方ないよと今度こそ頭を撫でる。リンがきらいな歌はリンをへたくそにするから俺もきらい。


「そんな理屈おかしいわ、レンは時々横暴になるのね」


くすくすと笑うので、リンを引きはがして頬をつねってやった。
何するのとよりばかになったばな顔で、世界一いとおしい女の子は首を振る。












身の程知らずは首を振る
(世界一愛してる)
2011/03/31
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