花とウタ

オアシスを夢想

IMPERFECT PRAYER

もっとリアルにならないかしらという呟きが聞こえて、ああそういえば彼女は何かしていたなと思い出した。


「何をリアルにしたいの」
「あら、訊ねる前にそれを置いたらどう?」


ボウルを持ったまま訊ねたのがいけなかったらしく、彼女は不機嫌な顔をする。色白の肌をさらに白く青く隠して、眉間に皺を寄せる姿は少しおどろおどろしい。今のままでも充分じゃないかなと唇の深紅に目を奪われながら呟き返すと、ヴァンパイアなのよと返された。卓上の鏡を覗き込む。ぼたりと泡立て器からケーキの生地が落ちてきて慌ててボウルに戻す。


「八重歯が」
「八重歯?」
「牙っぽさが足りないと思わない?」


深紅が開いて尖った歯がふたつ鏡に映った。ハロウィンの仮装にそんなリアルさも要らないだろう。彼女の完璧主義はこだわりどころが少しおかしい。


「何ぼうっとしてるの」
「あ、ああ、いや」
「早く焼かないと駄目になるんじゃないの、それ」


不満げに突き出された深紅からお咎めが響いた。ボウルに目を戻して、そうだったと思う。ケーキの型もまだ用意していないのに。かぼちゃのにおいが鼻についた。
パンプキンパイが食べたいわ。化粧で目つきをするどく変えながら彼女は言う。彼女の、何かしながら僕に構ってくれる横顔が好きだと当たり前のことを思い出した。


「また作るよ」
「今が良いわ、今」
「じゃあ、これを焼いたら作る」
「それくらいなら別に要らない」
「夜には出来るよ」
「要らないって言ってるでしょう」


ただ、彼女は僕が彼女に対して真剣だと喜ぶ。


「他にも何か作ろうか」
「要らないって聞こえてるでしょう」
「聞こえてるけど」
「それ以上言ったら噛むわ」
「八重歯で?」
「八重歯で」


ヴァンパイアなのよ。今日二度目の台詞は先ほどよりいくらか楽しげで、こちらまで嬉しくなっていけない。このケーキはもう失敗で良いだろう。そばにボウルを置いて、鏡を倒す。
深紅に唇を重ねると、歯が立てられた。


「やっぱり牙っぽさが足りないわ」


唾液だけを飲み込んで、彼女は納得したように呟いた。置いたボウルを取って、生地を焼きに戻る。じわりと、開けきらなかった穴が痛んだ。











IMPERFECT PRAYER
(所詮永遠でないのだから)
2010/10/30
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