花とウタ

オアシスを夢想

アイハブノーイヤー

何を言われれば、何度耳を塞げば良いのだろう。
てのひらを押し当てた耳の奥では脈が反響を繰り返して、髪はぐちゃぐちゃに折れてしまったまま。それでも聞こえてくる声に私は目まで塞いで心も鬱いで、もうすっかり判らないのに。


「ミクさん」


少しハスキーな、彼女の声色がらいつものだと私に判らせてしまう。いやよと一度首を振れど彼女はまたミクさんと私の名前を呼ぶ。いやよ。私はまた強く耳を塞ぐ。


「ミクさん」
「聞こえない」
「聞いてください」
「聞こえないの」
「ねえ、ミクさん、」
「聞こえないの!」
「…そう」


瞼の向こうで影の動きが判る。目の前から消えてしまった。でもまだドアノブの音が聞こえないから出て行っていないのだろう。腕に力を込めると骨がぎしりぎしり軋む。聞こえないならなお言いましょう、私、その続きはまた私が大声で喚き立てたから掻き消えた。聞こえないの。私は何も聞かないの。

ぎしりぎしり。ミクさん。ぎしり。がちゃん。溜め息を吐きながら目を開る。腕を下ろすと、痛みが少し抜けた。
私は何を聞けば良いのだろう。アイラブユー? アイヘイトユー? 彼女ならもっと言葉を選ぶだろうか。私より年上だもの。私には追いつけないのだもの。


「ルカちゃん、そこにいる?」


物音ひとつしない。もう行ってしまったのだろうか。少し爪が肌に食い込んで痛い。


「ルカちゃん、私こわいだけなのよ」


答えを聞くのが。
ねえルカちゃん、言い逃げはずるいって知ってるでしょう。









アイハブノーイヤー
(インフェリオリティ・コンプレックス)
2010/07/27
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