花とウタ

オアシスを夢想

ゲシュタルト崩壊

「なぁんか、気に入らない」


そう? 僕が訊ねると彼女はそうと返す。鏡に映る姿はちっとも笑ってなんかいなくて、ああ本当に気に入らないんだなと笑えてしまった。くつくつと笑えば何よと不機嫌な声がする。言わなくても判るデショ。見下しながら言えばそうねとまた不機嫌な声がした。


「あの子たちいっつもこんな気分なの? ありえないわ」
「鏡音は鏡音だよ。僕としてはだいぶ会話しやすいから良いんだけどね」
「言ってなさい。あなた、私がいないと存在出来ないクセに」


今にも鏡を殴りつけそうな剣幕で彼女は言う。確かに。僕は彼女に寄生する者だけど、彼女は彼女だけでも存在出来る。僕は彼女を通して鏡に映る彼女と話をするけれど、彼女は鏡に映る自分と話をする。鏡に映る自分の姿をした自分じゃない者と話をする。


僕が彼女を食いつぶすのも時間の問題かな。記録では一ヶ月程度のはずなのだけど。


「言っとくけど」
「なあに」
「私は簡単に倒れないから」
「ひゅー。かっこいい」


心を読まれるのもめんどうなものだなと思えば彼女は鏡を殴る。充分倒れてるでしょと思わなくもないけれど、まあ、彼女がまだ倒れていないと言うのなら僕も少しは協力してやろう。


「あんたは私じゃないのよ」
「知ってる」
「私の形にならないでちょうだい」
「それはごめん」
「共倒れなんてまっぴら」
「僕もだね」
「消えなさい」
「それでも良いけど、でもミクにとって僕は大事なものデショ」


気に入らない。
さっきと同じ台詞を吐き捨ててミクは僕に体を譲る。手に痛みが飛び込んできて、馬鹿なやつと笑えてしまった。思ったより目頭も熱い。かわいそうに。
ひび割れた鏡に唇を寄せて囁く。


「お前は誰だ?」


私は私よ。
割れた鏡にするキスは痛く、彼女の声は弱々しく消える。









ゲシュタルト崩壊
(あなたはだあれ私はだあれ、もう判らない判らない判らない?)
2010/05/31
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