いずむつ初夜

陸奥守吉行が目前に据えられているのは、月光に浮かび上がった和泉守兼定の白い肢体であった。
上から下へ、下からまた上へと肌をなぞる瞳でさえつるりと落ちてしまうようなすべらかな肌である、と誰もが認めるであろう。兼定の肌は傷一つひらぬ乙女のように細やかで、まだ誰も腕を通したことのない絹のようにきらきらと光を返していた。それでいて、土方歳三を思わせる鋭い目をしているものだから、吉行はまるで虎の目に射抜かれたようにすっかり動けなくなってしまったのである。
「きれいじゃ、のう」
やっとのことで場を繋ぐように絞り出した言葉は、どちらかと言えば溜息に混じって、ほろりと吉行自身に落ちた。そうだ、美しいのだ。兼定は自らも、目の前の男(自分を綺麗だと言うがこの男も負けず劣らず綺麗だと、内心兼定は思う。それは鑑賞に耐え得るだとかそういうことではなくて、この男の、心の芯のようなものが)もすっかり衣装を剥がれているこの状況ではもっと無言で、もしくはいつものように言い合いながら事が進むと思っていたので、吉行のこわばったからだと恍惚とした声にどう対処して良いものかと往生していた。うろたえる兼定に構わず、溜息など吐きながら目を滑らせていた吉行の、その手がぺたりと兼定に触れた。
「う、わ」
「黙っとおせ」
ひやりとした手のひらを押し付けるように触れられ、くすぐったいが、やはりどうすれば良いのかわからない。黙ってくれと言われて、しかし黙っていられるほどの余裕も兼定は持ち合わせてはいなかった。
「お、おい、なんだ、逆が良いのか」
「いんや、今更二言はないぜよ、けんど……」
しばらく腹の肉の薄さを確かめるように、腕の骨の形を探るように、弱くも強くも触っていた吉行はついぞどこか納得して、うん、とひとつ頷いて笑う。体の緊張が解かれた。
「好きにしとおせ」
兼定の顔がみるみるうちに赤く火照っていくのを月光を頼りに感じた吉行は、くくくと声を殺して笑いをこらえた。妙に初い反応がたまらなく心に訴えてきて、ああ、美しいとはこうも人を魅了するものなのだと心底理解した。その吉行を、兼定が真っ赤に茹で上がった顔のまま見下ろす。夜はまだ、これから。
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