シガレットノイズ

 喫煙室には、二人しかいない。
 本丸には煙草を覚えた刀剣男士のために喫煙スペースが用意されていた。これは一期一振たっての要望で、煙草が弟に悪影響と判断されたためである。そして江雪や蜂須賀の助言も添えられては、喫煙者も大広間などで堂々と吸うのをやめ、そこに入っていく他ない。  今日にしたってそうだ。長曽祢虎徹も喫煙者の一人。内番の休憩で一服、という軽い気持ちで喫煙室を訪れただけであった。しかし煙草に火をつけた直後、訪れた陸奥守吉行に困ったことになった、と感じていた。火をつけたばかりの煙草をくゆらせて無言の間を繋いではいるが、喫煙室という密室で、この陸奥守と二人きり。どうしろと言うのだろう。
 対して陸奥守は普段と変わらぬつんとした横顔で、先客だった長曽祢に挨拶をして以降言葉を発することなくやはり煙草をふかしている。  二人の間にぷかりと紫煙がたゆたって換気扇に消えていく。

 ——おまんの言うちょるのは、ただの感傷じゃ。
 あの鳥羽の地で言い放たれた陸奥守の言葉を長曽祢は反芻する。言葉より行動という信念を持つ長曽祢と、戦を好まず話し合いを第一とする陸奥守では言葉ひとつの重みがきっと違う。彼と手合せで剣を交わしたとき、その太刀筋はうつくしい程に実直であると感じたがそれ以上に「戦いたくない」という意志が見え隠れしていた。彼は拒んでいたのだ。手合せですら戦うことを。もしくは、自分に、彼自身の内側を暴かれることを。
 後者については少しばかり自意識が過ぎるだろうか。長曽祢は自嘲するように煙を吐きだし頬を緩める。言葉より、行動。相手が求めるものはなんだろう? 剣より言葉を交わせ。自分を鼓舞するように胸の内で呟いて口を開く。

「陸奥守吉行、お前、その煙草、なんてやつだ」
「……これじゃ。一本やる」

 懐から出されたシガレットケースを確認するが、長曽祢にはわからぬ銘柄であった。それにまだ顕現して日も浅いので横文字も読めない。それで一本やる、ということなのだろうが二本目を吸う程の時間もない。あくまで内番の途中なのだ。
 長曽祢は自分の吸っていた煙草を灰皿に押し付け、陸奥守の手元へと視線を遣る。

「……いや。おれはこれでいい」

 二歩で彼に近づいて、二本指で支えられていた煙草を取り上げた。あっ、と軽い悲鳴のような声が聞こえたが気にしない。吸ってみると思ったよりも苦かった。
inserted by FC2 system