新婚、夫婦のような

 ひとつ、不器用である。
 ひとつ、口下手である。
 ひとつ、それらを誤魔化すように、不言実行主義である。
 陸奥守吉行は目の前で寝こけている男、長曽祢虎徹を見下ろして、はぁ、とため息を吐いた。起きろと言っても聞かずにいびきを立てるので、起こすのも馬鹿らしくなって手を止め口を閉ざし、苛立ちのやり場を見つけるためにもその性格や性質を思いつく限り列挙していたところである。しかし先ほど挙げたみっつでは当然済まない量の言葉が沸き出てくるので、苛立ちのやり場はおろか苛立ちを累乗しているような気分になってしまう。
 不器用、口下手、実行主義、そのくせ保守的で何事にも保険を掛けたがるし博打的な勝負はせず堅実。贋作を気にかけていないようで真作を人一倍羨んで、口を開けば「おれは贋作だからなあ」、だ。贋作である自身への否定的な意識もある。その流れで自己犠牲の精神も強い。
 そこまで考えて、陸奥守はまた、はぁ、とため息を吐く。障子越しにも朝の白い光が閨に差し込んでいる。いい加減八つ当たりのようなことは(八つ当たりではなく正当な怒りである気もするけれど)やめて、部屋からこいつを追い出さねばならない。新選組の刀とは喧嘩になりそうだと公言していた陸奥守の部屋で新選組局長が佩刀、長曽祢虎徹が一晩を過ごしたなどと誰かに知られてしまっては、向こう方にも嬉しいものではないだろう。
 はよ起き、と自分も眠気と戦いながら長曽祢の体をゆする。じっとそのからだを見ていると否が応でも体格の違いを感じてしまうので早く起きてもらいたいところだ。陸奥守自身も体つきは悪い方ではないが、長曽祢は別格だ。これで同じ打刀なのだろうか? 打刀の中でも群を抜いてしっかりと出来上がった体を持って顕現された彼は、確かに、言葉より行動という信念を貫き通すだけの力がある。
 それで十分であろうに、こいつは何をいつまでも贋作だ真作だ、近藤勇を守れなかった守りたかっただの、と。
「ながそね」
 やっと薄目を開いた長曽祢の顔に手を添え、ゆっくりと唇を寄せる。呼吸を奪うようにそれを重ねて、縁をなめとるように舌を這わせればやっと事に気づいたかのように長曽祢が目を見開いて陸奥守の肩を強く押した。
 力任せに押されては適わないので陸奥守は抵抗もせず体を離し、畳の上に姿勢を正したが、長曽祢はがばりと布団を押しのけて上体を起こし、混乱をぶつけるように陸奥守を見る。わなわなと震える唇に片手を添えて。
「おま、え、人の寝込みを襲って何をしているんだ」
 まるで生娘の反応である。
 ぶっは、と大仰に噴き出した陸奥守を見てさらに混乱を極める長曽祢だが、ひぃひぃと必死で呼吸を整えようとする陸奥守を目の前にして何も出来ない。挙句、おかしくてならんとでもいうように涙を浮かべるほど笑いつくした陸奥守に「起きたら、挨拶せんならんがよ」とまったく脈絡なく挨拶を要求される始末である。
「……おはよう」
「うん、おはよう」
 しぶしぶ、と言った様子で一言伝えてやると満足した様子の陸奥守がやっと、ふぅ、と一息つい挨拶を返した。そしてひどく上機嫌な様子で、途切れることなく滔々と言葉を紡ぐ。
「いやぁ、朝からえいもん見たにゃ。ああ、なんじゃああの恰好。しかも寝込みを襲って、って昨日襲われたがはわしの方じゃき。女々しいにも程があるがよ、……ふふっ」
「……悪かった。忘れてくれ」
 そう長曽祢が気まずそうな声を出したのと、ほぼ同時。長曽祢の腕が陸奥守に伸ばされた。
「え、わっ」
 黙らせよう、と思ったのだろうか。ぼすん、と音がして長曽祢の腕の中に陸奥守が抱き込められていた。厚く重量感のある胸にちょうど陸奥守の頭が収まる。たまらず陸奥守が顔を上げると、言葉より行動という信念を実行できたときの得意げな顔がそこにあった。
 それに少しばかりむっとしながらも、力では押し負けることを昨晩の内に学んでしまったので諦めて長曽祢の、契りを結んだばかりの男に体を預けた。
「おまん、部屋に戻るんやったら今のうちぜよ。この時間やったらまだ誰も起きちょらんろうし」
「戻ってほしいのか」
「……おまんの都合のえいようにしたらええ、って、うわ」
 そうは言ってみたものの、長曽祢の腕の力が弱まる様子はなくむしろ陸奥守ごと上体を倒して、驚いた陸奥守の顔を楽しむかのように性の悪い笑みを浮かべた。にやにやとでも形容すべき表情だ。陸奥守は今度こそあからさまにむすっとして見せたあと、ぐりぐりと額を胸に押し当てる。
 その背を長曽祢がぽんぽんと撫でるようにするのが妙にくすぐったい。肌ではなく、胸の内の方が。
「陸奥守、腰は痛むか」
「……正直、いたい」
「無理を強いた。すまない」
 そうだ、こうやって衝動的に人を傷つけてしまってはあとで慣れぬ気遣いをする。もう一つ思い浮かんだ目の前の男を形容する言葉に、陸奥守は小さくほくそ笑んだ。自分だけが知っている、とまではいかなくても、自分はこの男のことがわかるのだ。これは優越感だろうか? 満足感? なんでもいいけれど、素直にこれを愛と名付けて伝えるのは気恥ずかしさがあるのでただ彼との会話を続けることを選ぶ。
「ええよ。わし今日は非番じゃし……おまんは?」
「出陣を言いつけられている。内番と遠征はないな。……出るまでにもう一度したい」
「何を言うちゅうがやおまんは……いかんいかん、いかんちや」
 ふふっ、と笑うように否定した陸奥守の頬に長曽祢の厚い手が触れ、ゆっくりと唇が寄せられた。大した抵抗もなく受け入れた陸奥守と、やや薄目を開いて満足げな表情の長曽祢の唇が重なる。
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