金色の語る

 目前には迫りくる歴史修正軍の一部隊。左右には陣形を組んだ仲間の姿が見える。その中に長曽祢もいた。
 近頃、陸奥守と長曽祢は同部隊として出撃することが間々あった。同時代に活躍した偉人の刀だからだろうか、と思うがそれにしたってあんまりな采配だ。自分と長曽祢の仲を知っているならなおさら。文句は言わないけれど。
 グリップを握る手から、肩から少し力を抜き、片目を閉じてフォーカスを合わせる。「いけるか」そばで長曽祢の声が聞こえる。「おう」震えた左腕を脳内でそっと叱咤する。太刀の多いこの部隊に遠戦刀装を持つ隊員はいない。陸奥守の放つ銃声がこの戦の合図になる。
「よーお狙って……バン!」
 弾の音とどちらが速いか、長曽祢が駆け出していた。そのまま走りぬき、陸奥守の撃ち放った弾が一直線に捉えた敵の眼前に潜り込む。額を抜かれ、倒れ伏したその背後に現れた敵の首を音もなく斬り落とした。血を浴びたことも構わず、折り重なって転がった死体を物のように蹴り棄てぐるりと体勢を変えて別の敵の隙に飛び込む。
「撃て!」
「わぁかっちゅう!」
 長曽祢がまた一体の首を斬るうちに、陸奥守もまた別の敵の額を撃ち抜く。慣れたものだった。
 残り一体。それに向けて拳銃を構えながらふと、金属の音のしない戦場だ、と気づいた。トリガーを引いて飛び出した弾が相手の額を射抜く。バン、と遅れて発砲音が陸奥守の耳に届いた。刀と刀のぶつかる音がしない。切り結ぶ相手がいない。自分は銃を使うからともかく。
 剣を交えればおのずとその心は知れる、と長曽祢は言う。そんなことがあってたまるか、と陸奥守は思う。
 その長曽祢が敵とは言え刀を交えないのはやはり元の主の影響だろうか。近藤勇は坂本龍馬の何を知っていたのか。敵の心を知ろうとする方が愚かしいのだろうか。では自分は敵と言葉を交わしたことがあっただろうか。
 刀についた血糊を手拭いで軽くふき取りながら、長曽祢がこちらに戻ってくる。
「終えたか」
 陸奥守が尋ねると無言のまま頷かれた。見て判るだろう、そもそもお前が大将首を取ったんだろうとでも言いたげな顔だった。
「……ほいたらいぬるで。刀しもうとおせ。それにもう十分戦うたろ、手合せに当とうちょったけどあれはなしじゃ」
 陸奥守自身も拳銃をホルダーに戻し、長曽祢から視線を逸らす。

 ○

 酒でも飲もうか、と言って長曽祢が陸奥守を尋ねたのはその夜のこと。どういう風の吹き回しだと顔をしかめた陸奥守を笑っていなし、ずかずかと部屋に上がり込んだ長曽祢は、大瓶の焼酎とぐい飲みを二つ、目の前に置いて目を細めた。
「少し話そう。言葉を交わせと言うなら断るな」
 有無を言わさぬ言動に、陸奥守は感情のすべてをてのひらに込めて障子を閉めた。わざとらしく足音を打ち鳴らして彼の前に腰を下ろす。
「何の酒じゃ」
「わからん。次郎が酔ったところをかっぱらってきた」
「窃盗やにゃ」
 陸奥守がよく好んで飲んでいる芋焼酎であることは瓶を見た瞬間から判っていたがあえて口にはしない。栓抜きはあるかと尋ねられたので呆れながら箪笥上の小箱を指差す。
 その間陸奥守はぐるりと自室を見渡して、あまり人様に見せられるものではないことに気付いた。眉根を寄せながら脱ぎ散らかした着物を端にまとめ、一度分解して煤を抜いた拳銃を左手の手元に置く。弾は詰めてあった。
「何があってきたというわけじゃないんだ。ただ手合せを断られた分は、と思ってな」
「剣の代わりに言葉、かえ。それはえい心がけやにゃあ」
 差し出されたぐいのみを一息にぐっと煽るが、喉の焼けるような痛みはあってもいつも感じる味はしない。不味い酒だ、と喉元まで出かかった。
 対して長曽祢はさほどダメージは受けていない様子でくつくつと笑みを零しては焼酎で唇をしめらせている。
「お前はいちいち嫌味っぽいな。おれにだけだから良いが、弟や新選組の奴らにその口は利くなよ」
 流れるような動作で瓶の口を向けられたので、陸奥守はそこにぐい飲みを差し出す。ふつふつと腹の底に湧き上がる熱か、もしくは怒りのようなもので喉が痛い。注がれた酒に口もつけず、ぼそりと呟く。
「実弟でもないろ。新選組はもうとっくにおわっちゅうし」
 龍馬の命もやけんど、と付け足しても長曽祢は返事をしなかった。返事はないが、ここで目を合わせてはならない気がして、無理に言葉を紡ぐ。
「おまんはわしの何が知りたいが? 出陣も一緒にさせられて、手合せ断ったち部屋に上がり込まれて、何なんじゃ。四六時中人の心覗くがはそがぁに楽しいがか。わしにゃあ、わからん」
 ちゃぷ、とぐいのみの中の液体が跳ねた。手を動かしたつもりもないというのに。これは落ち着かねばならないと腕を下ろして息を吐く。
 龍馬ならなんと言っただろうか。こんな風には言わなかっただろう。少しずつ自分の発言を修正していく。笑い飛ばして、そしてなんでもないという顔で相手を見て、次の相手の言葉を待って——きっと龍馬ならこうした、という姿なら簡単に描けるのに、どうして佩刀の付喪神にそれが出来ないのだろう。
 ふぅ、と息をつき、もう一度ぐいのみを持つ。わずかに揺れて浮かんだ波紋を認めつつも静かにそれを飲み干した。喉が焼けるように痛い。ぐいのみを手元に置いて長曽祢を見やると、目が合った。
「心を覗く、か。まあ、間違った言い方ではない、が」
 ずっとこちらを見ていたのだろうか。その目に浮かんだ感情はなんだと陸奥守が無言のまま訊ねる。長曽祢は今にわかるとやはり無言のまま答える。
「おれはお前の隠しているものが知りたい。言葉を重ねて、お前が守ろうとしているものを暴きたい。じゃないとおれが鳥羽であれだけ騒いだ分、公平でないだろう」
 長曽祢の手が伸びて陸奥守の頬を捉えた。長く厚みのある、熱を持った指が、その顔を固定する。言葉以外の何を交わしたところで自分の心を明け透けに見られるわけではない、わけではないのに、長曽祢の目は饒舌なほどに語る。きっとわかる、と。
 目と目が合わされたまま外せない。いやじゃ、と零れた言葉は長曽祢の濡れた唇で塞がれて消える。せめてとばかりに陸奥守は瞳を閉ざし、左手にS&Wを握る。
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