見送り

「出陣だ! 行くぞ」
 日も落ちて、薄暗くなった本丸の庭先に長曽祢の掛け声が響いた。そしてすぐさま、声を聞いた隊員がわらわらと集まってくる。堀川に浦島、今剣や秋田といった脇差と短刀ばかりだ。長曽祢が来てからやっと作られたこの部隊は夜戦向けに編成されていて、出陣回数はまだそれほどではない。
 駆けていく短刀らのその後ろからまたとんとん、と軽い足取りが聞こえてくる。見れば陸奥守がこちらに来るところだった。左手には何やら風呂敷を持っている。掌くらいの大きさのものがいくつか入っているのか、ぼこぼこと不自然に歪んでいるのが判るが何かは判別できない。
 陸奥守はちょうど目の前に来た堀川と浦島を見て、ぱあっと笑みを作る。
「おまんら、今日も夜戦ながね! 気つけぇや」
「うん、陸奥守さん、行ってくるね」
「えっへへへーいってきまーすっ」
 二人もつられて同じようなぱぁっと笑顔を見せる。その明るい表情を向けられた陸奥守がそのままわしゃわしゃと髪を撫でるものだから脇差たちもたまったものではないだろうか、決して嫌な顔はしない。
 ガキの扱いに慣れた奴だ、ひそかに長曽祢が思っていると陸奥守が顔を上げてこちらを向いた。笑みは消えたが怒っているわけでもない、穏やかな顔だ。そしてずいと風呂敷を差し出した。
「握り飯の差し入れじゃ。預けちょくき皆の様子見て食わせちゃり」
「……ああ、お前が握ったのか。助かる。預かろう」
 風呂敷の隙間に指をひっかけて中を覗いた長曽祢が口元を緩めた。おにぎりがちょうどふたつ入るくらいの大きさをした山型の弁当箱がいくつか入っているのが見える。ご丁寧に貼りつけられた無地のマスキングテープにはそれぞれ「うめ」「かつお」と彼の字が書かれている。
 長曽祢の行動と台詞を受けてぐっと眉を潜める陸奥守を構いもしない様子でその風呂敷を受け取って、皆に振り返った。
「陸奥守から握り飯の差し入れだ! 誉を多く取った奴から選んで良いぞ」
「ほんとうですか!」
「わ、僕頑張ります……!」
 途端歓声を上げた短刀に囲まれた長曽祢は穏やかな笑みを崩さぬまま付け足す。
「まずは陸奥守に礼だ」
「あ、そうでした、ありがとうございます!」
「ああ、かまんかまん。しゃんしゃん行って、ざんじもんてきち」
 今剣や秋田に軽く手を振ってやれば、変わり身の早い子供のことだ、すぐに長曽祢の持つ風呂敷を覗いてあれが良いどれが良いと言い合っている。そして長曽祢もそれを叱りもせず、軽く頭を撫でてやりながら「さっきも言ったが一番誉を取った奴からだぞ」「喧嘩はするなよ」とその低い声で笑っている。
 意外にも子供に扱いを知っているのだ、と陸奥守はひそかに思う。
「じゃあ、そろそろ行ってくる」
「ん。誰も折れたらいかんきね」
 本丸に背を向けて、戦場へと駆け抜けて行った長曽祢らを手を振り見送って、陸奥守は呟く。
「……もんてきたときのために夜食でも作るかにゃあ……」
 以前ならばこんなことはしなかったのになあ、と生活に少しずつ染みこんでくる長曽祢のための時間に、一人笑みを零した。
inserted by FC2 system