首を掻くならお前が良い

 政府から言い渡された「戦力拡充計画」では、レベル制限を取り払われた「日本号捜索」マップにて、文字通り日本号を捜索出来るということだった。
 ある程度の刀剣はそろっていれどやはり新たな戦力は欲しいもので、告知があってから計画実施までの期間で当然のように長曽祢属する城内でも日本号捜索のための部隊が結成された。出来るだけ早く仲間を手に入れたいとの希望を考慮した結果、出陣スケジュールはずいぶんとハードなものになり、それに耐えうるようにと隊員も顕現して久しい者ばかりが集められた。当然最も早くここを訪れていた陸奥守もそれに含まれていたのだが、対して育成が足りない長曽祢は留守番、と決まった。
 計画最初の出陣は明け方、起きてすぐ出発となる。朝飯は道中に、ということだ。そうと判っていたのに、と思いながら長曽祢は目の前で寝息を立てている陸奥守を見下ろす。陸奥守はレベル99に届くのも早かったためここ最近は留守番が多かった。長曽祢は夜戦用に組み上げられた部隊にいるため連日連夜出陣を繰り返している。――昨晩くらいしか、二人とも自由になる日はなかった、それだけの話だ。
 出陣だ、と言いながら体を揺さぶり起こせば陸奥守は眠そうな目をこちらに向けながらもおはよう、と呟く。そのまま上体を起こし、一度ぎゅっと痛みに耐えるような顔をする。乱れた夜着が落ちる。ひどく扇情的だと思った。顔を寄せる。気づいた陸奥守も受け入れるように唇を開く。
 キスを一度、で手を離し、腕を引いて立たせてやると腰が痛いと抗議の声を上げられた。笑いつつもすまなかったと謝ればそれで許されることを知っているのでその通りにして、体を拭くための布と、陸奥守の戦装束をひとつずつ目の前に出してやる。こうして甲斐甲斐しく世話を焼いてやれば陸奥守は昨晩どれほど無体を働いていたとしても許してくれるのだ。そういうわかりやすいところも好ましかった。
 陸奥守は逐一長曽祢の方に無言で手を差し出し、そこに渡されるサラシや袴や帯やガンホルダーやあれそれをやはり無言のまま受け取って体に沿わせる。その様を見ながら、長曽祢は思う。昨晩あれ程に乱れたこのからだも戦うからだなのだ、と。レベルなどおれの方がずっと低いのに、おれの言うこととやることに逆らえないで、ずっと懇願するように喘いで、泣いて、それがきもちいいのだと言葉にせずとも体中で叫んでいたからだが、敵を斬るのだ。これから斬りに向かうのだ。ああ、と思う。
 いつもと逆だな、と長曽祢が呟くと陸奥守は怪訝そうに、いつも通りやったろう、と呟き返した。怪訝そうに尋ねる。
「何がいつもと逆ながかえ。おまんも入れられたいっちゅうがやったら、わしも努力はするけんど」
 長曽祢はそれを聞いて、くくっと笑いながらまたその手に彼の鞘を差し出した。
「閨の話じゃあない。いつもは俺が出陣する側なのになあ、と思ってな」
「……ほうか」
 耳まで赤くして勘違いしたことへの恥じらいを見せる陸奥守に背を向けて夜着を畳んでやりながら、長曽祢は一人で肩を震わせる。こういうところも好ましい。
 腹の底から湧いてくる笑みになんとか耐えきったところで振り向いてみれば陸奥守もひとしきり照れきって落ち着いたようだ。本当に怒ったような顔で主語を言え、と言うのでまたすまなかったと返す。乱れた髪に指を通して梳いてやる。一度目はご機嫌取りを疑って嫌そうな顔をするが二度三度と繰り返せば途端に犬か猫のように、もっととねだるように、頭を下げてくるのがひどく愛しかった。
 髪の流れも落ち着いたところで手櫛を通すのはやめてやり、ぽんぽんと頭を撫でて、襖の方に振り返った。もうそろそろ出陣の時間だろう。襖を引くために一歩長曽祢が踏み出したところで、くんっと服の裾を引かれるような感覚があって立ち止まった。
 振り返って見下ろす。まだこうべを垂れている陸奥守のつむじが見える。どうした、と聞けば黙って首を振った。足りないかと勝手に結論づけて髪を梳いてやろうとすればぺちんとその手ははたかれた。言葉に出来ないか、と尋ね直せば、ちっくと待っとうせ、と言われたのでその通り彼が口を開くのを待つ。
 言葉を重んじ、また長曽祢には決して届かない量の語彙を持つ陸奥守にしては、ずいぶんと悩んだのだろうと思う。部屋の外では出陣部隊の面々が集まってきているのか、少々騒がしい。鳥が鳴いている。井戸から水が汲まれる音。厨では米が炊かれているのか蒸気が逃げる音もする。朝の気配だ。けれど陸奥守はじっと閨ごとを思い出させる部屋の中で俯いている。
「戦うのは嫌か」
 尋ねてみれば、少し迷って、彼は頷く。付け足すように呟く。
「おまんといると、ちっくとばかし、自分がこわくなる。龍馬とおったときと似ちゅうがや。自分は戦わんでえい刀じゃ、こうして愛でられるばあが能の刀でえいがや、と思ってしまう。久しぶりに戦に出されるがになって、自分が戦うもんじゃち思い出した。やき、こわい」
「……それは、困ったなあ」
 陸奥守の頬を掴んで顔を上げさせると、泣いてはいないがなにかに耐えるように苦しげな表情がそこにあって長曽祢はひどく胸が締め付けられるような感覚に陥る。まるで閨の顔。おれにだけ見せる顔。愛されるしか能のない、おろかな刀。
 唇を合わせてみると誘い込むように口を開いて舌を絡めてきた。それに応えつつ、腰を抱く。襖一枚隔てた向こうでは他の隊員は集まっているし、厨番は朝食用の弁当を詰めているところだろう。けれど長曽祢の腕の中に守られた陸奥守のからだは落ちていく。
 はぁ、と熱を含んだ吐息が両者の唇から洩れた。瞳が交わり、もう一度重ねるだけのキスを合図にして体を離す。ぽすんと陸奥守が長曽祢に寄りかかった。
「戦には出る。やき、しばらく、おまんとはしたくない」
「どうせお前が忙しくてまともな時間なんぞとれないだろう」
「はは、そうやね」
 龍馬以外にもう愛されたくはない。そういった意味合いの言葉が聞こえた気がして、長曽祢はただ黙って陸奥守の体を離した。襖を開いて、彼を門の方へ向かわせる。
 長曽祢もまた、陸奥守に向けられるなら愛ではなく刀が良かった。
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