不浄の白

 どうやら庭の景観を変えられるらしい、と聞いて大喜びしたのは短刀らであった。
 景観を、と話を突然振り掛けかれた三日月宗近が鸚鵡返しに聞いてみたところ、皆が口々に、詳らかに、多重の意味でまとまりなく喋るのでじっと黙って頷いていれば一人、大きく声を上げた者がいた。
 その者曰く、ことの発端は五虎退の虎が庭に皆で植えていた花を踏み荒してしまい、それを時間を遡る力でどうにか元あったように戻せないかと相談を持ち掛けたこと。そこから花を再生させることも出来れば桜を咲かせることも散らすことも、雪を降らすことも出来ると知るに至ったのだ。
 ——そう、いつもの短刀らの引率者(一期一振とかいう、妙に物腰の柔らかい太刀)ではなく、何故か鶴丸国永が得意げに答えて見せた。大方、鶴丸が五虎退を驚かしたばっかりに虎たちが怯えて暴れたのだろう。それで最後まで面倒を見てやっているといったところか。
 それはともかくとして、三日月宗近にとって緑の美しい常世のような現在の景趣は悪いものではなかったので、それに飽いてしまった者もいることに、そのときやっと触れた。説明を終えてもなお目の前でわぁわぁと騒ぐ子らの歓声にそう声を張るでないとなだめて見せながらも、心の中で、はぁわからんものだな、と独り言ちる。
 そんなことなど露知らず、鶴丸は一人細く長い体を短刀らの輪に交えて、どんな庭が良いかと言葉を交わしている。
「緑はもう見慣れてしまったなあ! 色の大きく違う庭を見てみたい」
「ほお。それなら春か冬だな。桜の薄紅色か、雪の真白」
「なら春が良い! 桜でお花見をするの」
「えー? ふゆがいいですよ、ゆきだるまとか、かまくらとか、つくってかくれんぼするんです」
 薬研の春か冬という発言に乱や今剣、他の短刀らも口々に意見を述べる。騒々しい、と抱いた感想はぐっと飲みこんで、三日月はその様子を見守っていた。春が良い、冬が良い、一度春にしてもらったあと冬にすれば良い、それならば冬のあとに春でも良いじゃないか、そんな調子で話は平行線をたどり、なかなか次の景趣が決まらない。
 そんな短刀らの話の、鶴の一声となったのは鶴丸——ではなく、通りかかった歌仙の、騒々しいからいい加減にしてくれと言わんばかりの表情で放たれた「季節の移ろいを待つのが風流ってものだよ。桜のあとに雪なんて、順番が違う」という一言であった。そこに既に飽いていた三日月の同意を添えられてしまっては短刀らも引くしかない。鶴丸も「年長者の言うことには従わねばなあ」と言って笑うので、かくして本丸の庭は雪景色となった。

 念願叶った今剣はもちろんのこと、最初は花見だ花見だと言っていた乱も雪の中に駆けていって、雪合戦に高じている。そしてつい先ほど、雪玉の投げ合いのちょうど一番激しいときに遠征から帰還した一期一振は火鉢の傍で三日月らと共に弟たちが遊ぶ様を眺めている。
 パチリと爆ぜる火鉢に一瞥をくれたあと、帰ってきた時の一期の顔はいやはや傑作であったなあ、と鶴丸が呟く。
「ああ、お恥ずかしいと存じておりますからあまり何度も掘り返さんでくだされ。まさか弟たちから雪玉を顔にぶつけられようとは思ってもおりませんでした」
「ふふ、一期の目をしばたかせる様と、焦る秋田に小夜、大笑いする愛染に厚にと、傑作であった」
「……そうだな。よき見物だった」
「三日月様までそうおっしゃいますな……」
 双方から当てられた雪玉を髪や頬からぼろぼろとこぼしながら、きょとんと、すっかり様変わりした庭の中で立ち尽くす一期は三日月からしてもおかしいものであったと確かに思う。けれど必死に謝る短刀らに気にしないでと一言添えながら頭を撫でてやる一期の行動は流石であった。あっという間に騒ぎは収まり、また子供らしく黄色い声を上げながら遊びに高じている。
 ずっとくすくすと笑っている鶴丸は随分と一期の驚く様が気に入ったのだろう。その姿を見て三日月も少しばかり頬が緩む。困ったように愛想笑いをする一期は老獪相手に何を言っても無駄と悟ったのか、すっくと立ち上がり、茶のひとつでも淹れて参りますと言ってその場を去ってしまった。
 庭で遊ぶ短刀らと、雪と、その照り返しの真白い光を受ける鶴丸の横顔、なるほど景趣を変えられるというのも悪くはない。またパチリと爆ぜた火鉢に目を遣り、すぐに目線を前へと戻す鶴丸を見つめ、三日月はため息を零す。雪の中に今すぐにでも溶け入りそうな線の細さは、三日月には持ち得ない美しさであった。
「鶴や」
「おお、なんだ」
 すぐに振り返って笑って見せた鶴丸は確かな、三日月の気に入りの者であったので。
「一期を追い払うつもりならば、もっと方法があっただろう。あれでは奴がかわいそうだ」
「おや、それでは俺に乗っかった三日月様も同罪でありましょう」
 年長者を敬う心算など微塵も感じさせぬ丁寧語で、にっと性のわるい笑みを浮かべた鶴丸は側にあった火箸を引っ掴み、指を差すようにそれを三日月に向けた。緩やかに目を細めた三日月の、その瞳の奥に夜が浮かぶ。
 白い雪の中に舞い降りた鶴の姿は白く、白く、しかしその足は黒い。
「穢れは移るものでございます。移る過程で薄れることはあれど……ひとたび触れなば清きものも穢れむ。その御心に、留めたまへ」
 金色の目が細められ、月を映す瞳を捉える。鶴丸は確かな、三日月の気に入りの者であったので、彼はひどく心が荒ぶ思いであった。
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