愛憐を零す竜

 ちらり、ちらり、と緩やかにそして舞うように雪が降る。その雪の中、燭台切光忠が庭に立ち尽くしているのを大倶利伽羅は縁側に座って見つめていた。
 雪だ、と叫んだのは誰だったろうか、と大倶利伽羅は思い返す。いつも庭で遊び回っている短刀だろうか、内番で畑に当たっていた他の刀剣だったろうか。あまり気にしていなかったが、すぐそばで共に馬の世話を担当していた光忠がはっと庭の方に目をやったことだけは、しっかりと覚えていた。
 ——雪だって、倶利ちゃん。
 どこか嬉しそうに目を輝かせた光忠を、どうしてかそのとき、大倶利伽羅は直視出来ずに目を逸らした。こわい、と本能のどこかが警鐘を鳴らしていたのである。会話の間合いを崩さないように、別に珍しいものでもないだろう、と、返事だけは送ったが、それを言った途端に恐怖の理由に思い当たり後悔する。
 そしてその後悔を消化するように、馬の世話を早急に済ませ、光忠を連れ、庭の方まで来てみたものの大倶利伽羅はその性格からはしゃぐことも出来ず縁側に座って景色を眺めている。何故か本丸の奥の方が騒がしいが庭は白く静かで美しかった。皆はおおよそ寒さに耐えかねて上着を取りに戻ったのだろうと検討をつけて、その白く照り映える庭の中、ひとり異色な彼を見つめる。
 光忠自身は大倶利伽羅とは対照的に雪に気分が高まっているのか、自慢のスーツが白く塗り替えられていくのも気にせず、さくさくと雪の庭を進んでいったしまった。そして真ん中あたりでじっと立ち尽くして、同じく白く塗り替えられていく木々や花々を眺めている。
「ああ、懐かしいな。ねえ倶利ちゃんもそう思うだろう?」
 振り返って訪ねてきた光忠に、返事の代わりに今度はちゃんと視線を寄越してやると、それだけでどうして伝わるのだろうか、彼はうんとひとつ大きく頷いてまた視線を景色の方へと戻す。
 突如、ひゅるりと風が抜けた。雪を乗せたその風は身を切るほどに寒く、大倶利伽羅はぶるりと身を震わせる。刀の身にも、否、この仮初の身にも寒さに対する感覚はきちんと用意されているらしい、と今更ながら思い知る。まるで人間のようではないか。ああ、では、この身体は。
 何かを話そうと固く結んでいた唇を開いた大倶利伽羅の背後から飛んできたのは、加州清光と大和守安定の怒号であった。
「燭台切、ちょっと!」
「何してるの! 風邪引くよ!」
 色違いの袢纏を着込んだ二人がずかずかと庭に立ち入り、光忠の作った足跡を上塗りしていく。声に気付いてこちらにからだを向けた光忠は髪や肩や手袋や、その体すべてに雪を被って真っ白になっていた。吐く息まで白く、大倶利伽羅は伊達にいた頃を思い出して、目を伏せる。
 大倶利伽羅が言おうとしたことは、もうすでに沖田総司に付いていた二人が言ってしまった。光忠を縁側に連れ戻す役目も二人が負ってくれた。やることを失くし、所在のない自分を誤魔化すかのように二度三度手を握って開いてを繰り返した大倶利伽羅は、小さく息を吐いて目の前に迫った影に気付いて顔を上げる。軽く雪を払いながら光忠が自分に微笑みかけていた。
 今度こそ何か言わねば、と開いた唇は、また二人の発言によって言葉を発することなく閉じられる。
「大倶利伽羅、君も見てるだけじゃなくて何か言ってやりなよ!」
「俺たちが風邪引くかどうかなんてわかんないっちゃあ、そうなんだけどさーあ……」
 もう誰かを病で亡くすのはごめんだ。安定がぼつりと付け足した独り言を大倶利伽羅も、清光も聞かないふりをして、しかし光忠はふにゃりと笑ってごめんねえと呟き返した。
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